I氏の手紙

Ibuki Hideaki Free Talk

マーズ・アタックガール!
 裏 話


手紙索引新作「マーズ・アタックガール!」(文庫)裏話1新作「マーズ・アタックガール!」(文庫)裏話2新作「マーズ・アタックガール!」(雑誌掲載版)について「マーズ・アタックガール!」(雑誌掲載版)の裏話 火星に関する艦名など


「マーズ・アタックガール!」裏話その1

表紙  物語/キャラクターのひとつの型に「三姉妹」ものというのがありますね。三人の姉妹たちが探偵をやったり、レオタード姿で絵画泥棒をやったり、バレーボールをやったり(三位一体攻撃!)、北欧神話の名前からとった女神をやったり、南海の巫女をやったり、図書館の司書をやったり、というやつです。
 そこで私も三姉妹が出てくるスペースオペラをやってみたい、と以前から考えていました。
 長女はギャラクシー・パトロール(最初はスケールが大きかった)、次女はマッド・サイエンティスト(最初はもっと壊れていた)、三女はただの女子高生、という分担はすぐに決まりましたが、肝心なのは名前です。やはり三人の名前に何か関連があったほうがいい。
 ネーミング案として「一富士、二鷹、三ナスビ」が浮かんだのが4年くらい前。フジコ、タカコという名前は平凡でも(ふつうは鷹の字をつけないだろけど)、3つそろったときに初めて威力(?)を発揮することになります。
 それにしてもナスビという名はあんまりなので、茄子美としましたが、これでもまだ変。ゆえに彼女こそが主役になると思ったわけです。
(ところで、茄子がタイトルにつく作品はどれだけあるでしょう? いまのところ手塚治虫の「ナスビ女王」と黒田硫黄の「茄子」くらいしか思い浮かばないけど。2大茄子漫画と命名しよう)
 さて、そうしてこうして月日が流れ、去年の11月。「ドラゴンマガジン増刊号」でスペースオペラ特集をやるので、何か書け、と担当(た)さんから依頼があったのです。
 喜んでホイホイ引き受けましたが、指定枚数は400字詰にして50枚。これはちょっときつい。とある時代、銀河の彼方に巨大な星間帝国があって、あーだらかーだら、なんてやっていたら、設定だけで終わってしまいます。
 それに対象読者を考えたら、あまりSF的にマニアックなものにもできません(造語がバシバシ出てくるようなやつとかね)。
 どうしようかと考える私の頭に、パッと閃くものがありました。そう、いよいよ三姉妹スペオペの出番です!(その2に続く)

2002.9.22 ◇to page top


「マーズ・アタックガール!」裏話その2

(その1からの続き)
 さて、そんなこんなでドラマガ増刊号に三姉妹スペオペを書くことに決め、プロットを模索。
 あとで出来た本を見ると、他の方の作品はほとんどが既製のシリーズ物でした。シリーズ物ならば、世界観やキャラクター設定はほとんど説明不要で済むという利点があります。私も愛着のある巨乳娘(もちろん李美鳳のこと)を復活させようかとちょっと思いましたが、やはり新作で行こうと決心。
 50枚という枚数では、複雑な設定やストーリーは無理。そこで舞台は比較的多くのことが知られている火星と決定(じつは担当の(た)さんを含め、ドラマガ読者には一般的ではなかったことがあとで判明するのですが……。みんな魂を地球の重力に捕らわれているなぁ)。
 わりと定型的なスタイルでプロットを組み立てることによって、わかりやすくする。火星に対して人間が紡ぎ上げてきたイメージ(神話やSF)を織り込むことによって、他作品との差別化を計る。これらの方針で作ったプロットを(た)さんに提出。
 すると、キャラクターのインパクトがもうちょい欲しいというお返事。むむむ。ただでさえ枚数が少ないのに、姉妹だけで三人もいるのだ。性格の掘り下げをやるのはきついので、次女の鷹子はバニーガール姿で登場させることにしました。
 調査現場にバニーの恰好で現れる美人科学者。視覚的な表現ならば、枚数を使わなくても済む。これだ。地下に潜るとき、「不思議の国のアリス」のウサギをイメージしたということもありますし。
 原稿は「溟海の鋼鉄葬」が脱稿した直後の1月末に着手。「溟海」が大難産だった反動か、非常に筆が進み、わずか2日でアップ。珠梨やすゆきさんのイラストもとても早かったです(イメージを掴むのが上手い方ですね)。
 最初のタイトルは「レッド・プラネット・メモリー」という地味なものだったので、あとで電話して「マーズ・アタックガール!」に変更。ティム・バートンの映画に「ガール」をつけてみただけですが(大胆不敵)、こちらのほうが勢いがあり、内容的にもマッチしていましたので。
 増刊号発売後は、幸いアンケートも良かったようで、長篇として出すことになり、こうして店頭に並んでいるわけです。短篇だと未解決の謎もあったので、ようやくすっきりしました。あ、結局、コスプレ学界は本当にあるのか?(すべての謎を明らかにする必要もないと思いますが)
 長篇版のコンセプトも基本的には短篇と一緒です。(た)さんの名づけた「ご町内スペオペ」というキャッチコピーは、親しみを持っていただけるので、よろしいのではないかと。
 文庫のあとがきは、最初もっと多くのSF作品のタイトルが並んでいましたが、ハヤカワや創元の宣伝ばかりになるのもどうかと思いましたので、基本的な2作にとどめました(「火星年代記」や「火星人ゴーホーム」や「火星の砂」や「火星のタイム・スリップ」は? なんてことをやっていてはキリもないですし)。
 とはいえ、作中では「火星をめぐる穴・穴・穴」なんて、マニアしか知らないような作品を紹介してますけどね。

2002.9.27 ◇to page top


新作「マーズ・アタックガール!」について

 火星についての文系アプローチのロマン、異星人との宇宙戦闘、そしてスペオペ三姉妹と謎のヒロイン。てんこ盛りの短篇です。
 発売中のドラゴンマガジン増刊「ファンタジア・バトルロイヤル/スペースオペラ&SF特集号」(税込み千円)に載っていますので、ぜひお買い求め下さい。珠梨やすゆきさんの見開きカラーイラストも楽しめます。
 さて、この号の特集名ですが、最初は単にスペースオペラ特集だったとか。宇宙物以外の作品も集まったので、広くSFの文字も入れたのでしょう。
 スペースオペラはSFのサブジャンルのひとつだ、などという細かいことはいいません。じつは「若い読者を相手に、スペースオペラという言葉で意味が通じるか」という検討が編集部内でなされたと聞いています。
「SFファンなら知っていて当たり前だ」などという態度では本は作れないのですね。当然のことながら。
 編集部の意図はともかくとして、若い読者向けであること、そして比較的大部数であるという二点において、すでにこの増刊はSF入門(入り口)的な役割を果たしているといえましょう。
 雑誌なので書店に置かれる期間が短いのが残念ですが、昨年出た「SF入門」よりは効果的な「仕事」をしていると思います(拙作のことは抜きにしても)。
 さて、「マーズ・アタックガール!」に登場する天光院三姉妹について。初夢に見ると縁起の良い「一富士、二鷹、三ナスビ」から命名していることはすでに新刊案内で述べています。
 じつはその続きがあることを御存知でしょうか? あまり知られてはおりませんが、「四扇、五煙草、六座頭(「座頭市」の座頭)」となっているそうです。
 続編を書くことになれば、ライバルキャラを登場させ、またここからネーミングしようと調査前には思っていたのですが……「扇」はまだいいとして、「煙草」と「座頭」はどうしたものか。うーむ。

画像:ドラゴンマガジン4月号増刊「ファンタジア・バトルロイヤル」(富士見書房)より
「マーズ・アタックガール!」表紙 イラスト:珠梨やすゆき氏
2002.3.20 ◇to page top


「マーズ・アタックガール!」の裏話 火星に関する艦名など

「ファンタジア・バトルロイアル」はすでに御購入されたでしょうか? まだの方は早めに御購入下さい。雑誌の増刊号なので、4月の中旬には店頭から消えてしまいます。
「ゼロG下の胸はまっすぐ前方に張り出し、地上に較べて四割増の存在感になる」(「ロケットガール 宇宙対決! 女子高生VS聖戦士」より)という野尻氏のありがたい科学的神託も載っています(メモをとったことはいうまでもない)。
 胸といえば――珠梨やすゆきさんの最初のキャラクターのラフデザインが上がってきたとき(珠梨さんの仕事は驚くほど早かったです)、
「やはり長女の胸はもっと大きいほうが良いのでしょうねぇ」
 と、担当の(た)さん(女性)は開口一番、切り出してきたものです。
「やはり」ときたか。もはや以心伝心といえますな(というより、半ば諦めているというべきか……)。
 私は「絵柄の許容範囲内で大きくして下さい」と答えておきました。そう、あくまで絵柄に合わなければ、せっかくの巨乳も宝の持ち腐れなのであります(ちょっと苦しいか)。
 スリーサイズは富士子(93 57 90)しか書いていませんが、バニーガール姿の鷹子も(90 57 89)とスタイルが良いです。ふたりに比べれば茄子美は凸凹が少ないのですが、作中に「意外と」という証言もあるようで(笑)。
 それにしても、火星を舞台に「ご町内スペオペ」という、(た)さんのセンスは良い。これにはEinhornさんもファンになっているらしい。
 さて、胸の話はここまでにして、裏話の本番。三姉妹とは別のネーミングの話。

 もう10年ほど前のことになるだろうか。とあるSF小説(作品名も作者も忘れました。児童書方面の版元だったと思います)のレビューを知人がファンジンに書いていた。
「クラーク号」「ハインライン号」「アシモフ号」という名の宇宙船が登場するのだが、あまりにもネーミングがベタベタで、とてもくすぐったい感じがする、という内容だった。
 その気持ちはよく分かる。作家の気持ちも、読んだ知人の気持ちも。
 そこで両者の気持ちをわざわざ味わってみようと(?)、「マーズ・アタックガール!」でも同じことをやってみました。
 しかし、さすがに「クラーク」「ハインライン」「アシモフ」という大御所の名を使うのは私も恥ずかしい。
 そこで、ちょっと工夫というか、コーナーのすみっこを攻めてみることにしました。
 まず、火星の艦隊は7隻と決定。旗艦以外の艦名は、やはり火星がらみの作家名とした。もちろん「宇宙戦争」のウェルズや「火星年代記」のブラッドベリは大物すぎるのでこれも除外する。
 旗艦「バルスーム」――旗艦なので他と違って人名ではない。E・R・バローズの「火星のプリンセス」に出てくる。火星世界そのものを示す現地語。
「K・S・ロビンソン」――キム・スタンリー・ロビンスンから。スンをソンとしたのは、単にこっちのミス。現役作家で新作もリリースされているので、現役のSF読者にはモロですな。くすぐったかろう。
「セガワ」――瀬川昌男から。戦後SFシーンの早い段階に登場。「火星に咲く花」は、パラボラアンテナ型(?)の光子ロケットを登場させたもっとも早い作品といわれる。
「ワインボーム」――スタンリー・G・ワインボームから。「火星のオデッセイ」(1934)はアメリカ人の行う「SFオールタイムベスト」で必ず目にする古典。アシモフやクラークも確か自著の中で触れていたと思う。35歳で急逝している。「火星のオデッセイ」は早川書房の『世界SF全集31』に収録されているだけなので(たぶん)、またどこかで読めるようにして欲しいものです。
「G・P・サービス」――ギャレット・プトマン・サービスから。ウェルズの「宇宙戦争」に触発され、「エジソンの火星征伐」(1898)を新聞連載した。発明王エジソンが火星に乗り込んで征伐するという話だそうです。単行本は半世紀後に出たとか。
「ラスビッツ」――クルト・ラスビッツから。こちらは「宇宙戦争」以前に「両惑星物語」を書いている。戦争は起こらず、火星人と地球人が共存する話。
 以上、作中に登場したのは以上6隻。
 最後の7隻目の命名は、今後の楽しみにしたいと思います。いろいろと候補がありすぎて……あっ、艦数を増やせば良いのか。
 ちなみにこの作品は自己最短の2日で書き上げましたので、調べる時間はほとんど無し。艦のネーミングは記憶情報のみで書きました。
 出来上がったばかりの原稿を一読した(た)さんは、「さすがに好きな話は書くのが早いし、面白いですね。ところでこのフォボスって何ですか?」とおっしゃいました。すかさず、「『闘将ダイモス』ではありません」と切り返しましたが。
 そう、フォボスなど知らなくても、充分面白い作品です! マイナー作家の名前はただの隠し味ですので(笑)。
(でも、フォボスは分かって欲しかったので、衛星と書いてそこにルビをつけてみました)

上記文書の中で、一部不正確および不適切な表現があったことを訂正してお詫び申し上げます。ご教示いただいた高橋様、ありがとうございました。

2002.3.24 ◇to page top


管理者へのメール

einhorn@excite.co.jp